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友人と上映会をして、ジョージ・A・ロメロ監督の「ゾンビ」(1978)を観た。
もう何回も見ているゾンビ映画の金字塔だが、今回改めて自分がこの作品のどこに惹かれるのかを考えてみた。

最初の犠牲者であるロジャーの遺体をショッピングモールの広場にある植え込みに埋葬するシーンがある。
シャベルでかけているのは、ホームセンターのふんわりした園芸用の苔のようだ。
遺体を埋めるには無理がありそうな、見るからに浅そうなこの植え込みには、この物語の”箱庭性”が象徴されている気がした。
そしてその後にフランとスティーブンの結婚記念日のシーンを挟んでから、ピーターがロジャーを偲んで一人その墓前でシャンペンを開けるシーンが続く。

これら二つの「墓」のシーンは、世界の縮図であるショッピングモールが、生と死も含んだ人の全ての営みを繰り広げる場であると感じさせてくれる。また、これらのシーンが比較的短い間に映し出されるので、その間にあったであろう長い時間(数週間〜数ヶ月?)を圧縮しているようにも思わせ、この場所が時間を折りたたんだ小宇宙であるかのような感覚も覚える。
電源がいつまでも生きていることや、新鮮な食料がいつまでも手に入ることなどのストーリー上の理屈が通らない部分も含めて、
とりあえず、ショッピングモールを「この世の全てが、永遠に供給される場」として設定したことがこの物語の発明であったし、その強引なまでの駆動力になっていると感じた。
この小さな箱庭の中で、狩り、奪い、かりそめの王国を築く人々の営みを、我々は昆虫観察をするように覗き込んでいる。
そんな気持ちにさせられる不思議な映画だと思った。

2026.04.20