個展 寝ている木 踊っている木

2019

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寝ている木 踊っている木
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寝ている木 踊っている木

「寝ている木 踊っている木」
会期:2019年9月1日〜9月29日
会場:板室温泉大黒屋サロン 




景色を見出すこと、あるいは与えること
天野太郎(横浜市民ギャラリーあざみ野 主席学芸員/札幌国際芸術祭2020 統括ディレクター)

矢野洋輔は、1989年京都に生まれ、2014年京都市立芸術大学美術学部工芸科漆工専攻卒業後、さらに同大学院を修了し、漆工の専攻の中でも、木工、その中でもとりわけ木彫をその表現の中核に置いています。

彫刻には、多くの自然の素材が使われて来ました。木、石、鉄、銅などがその主なものです。近代以前ということであれば、美術の多くの素材は、彫刻に限らず絵画などの素材も、元々は、自然の素材を元にしていました。その意味では、美術作品は自然の素材が形を変えながらそれぞれの分野の特徴を形作って来ました。

さて、矢野洋輔は、木を素材に木彫作品を制作し続けて来ました。矢野自身の次のような言葉に、木をめぐる様々な想いの一端を見ることが出来ます。

「土の中から掘り出した根っこの皮を一枚剥くときれいな白い木部が見えます。それは彫ることで現れるきれいな木の肌のようです。」(個展「出てきた根」2018年より)

こうした木との出会いが、今日の矢野作品の原点になっています。これは、木を素材にしながら何物かを作り出していくということの他に、木との視覚のみならず手触りといった触覚や、場合によっては、剥がされた部分から匂う香りといった五感での木との関係がまずは矢野にとって原初的とも言える関係です。木に寄り添いながら、それぞれに性質を異にする素材に向かい合いながら彫刻の作業が始まります。

ところで、そもそも自然の一部である木を選び、その場から切り離して言わば加工していく有様は、自然と人間のそもそもの関係をしばしば露わにします。実際に、矢野は他の個展の際に、次のような言葉を残しています。

「手を加えることで木はかたちを変えます。素材はかたちを変えることで植物、動物、無機物と、あらゆるものに置き換えられます。彫ることは木にある景色を見出すこと、あるいは景色を暴力的に与えることなのかもしれません。(中略)かたちと素材の出会いはいつも暴力的にならざるを得ないように感じます。」(個展「かたち廻る木」2019年より)

ここで触れている「暴力的」という言葉は、人が、木のそのままの状態=自然を愛で、人間の都合で木がその本来の形を変えられてしまう事態に抵抗を憶えることを想起させます。木を素材とする彫刻作品における表現以前の独特な表象作用が見て取れます。

矢野は先の言葉に続けて以下のように述べます。

「しかし、我々の意識も自然と全く切り離された過程であると断言できないのではないでしょうか。作ることが、素材を加工することが我々と自然との再度の結びつきのための行為である可能性もあるのです。」(同上)

矢野の作品は、自然の木の形態からまるで別の顔を最初から持っていたかのような形態に変化させています。そして、それは、素材としての木から引き出された「景色」として現前化されるのです。矢野は、しばしば木が朽ちているような状態、あるいはすでに亀裂が入っている状態を受け入れながら作品化しています。これは、年輪に沿って、中心に向かいながら彫り込んでいくという伝統的な木彫の方法論の逸脱を意味します。例えば仏像のように、中心から展開する左右対称の年輪の美しさを引き出すことで自然の木から全く別の世界へ導くのとは異なる、自然の中から抽出された「自然の景色」、あるいは誰かが作ったのには違いはないものの、まるでそれもまたもう一つの自然の姿のように見えるのが矢野作品の大きな特徴と言えます。